2008年10月 1日 (水)

0171- 081001 おくりびと

映画「おくりびと」を観て

これほど「人の死」をユーモアと温かさと静謐さと厳かさで表現している映画を観た記憶がない。最後は大声で泣きたいのを本当にがまんしなければならず、終わった後も感動でしばらく動けなかった。まちがいなく今年度ベスト1いや生涯でも3本には入るだろう素晴らしい映画だ。この映画を作ってくださった滝田監督、本木さん、山崎さん、広末さん、そして本当に素敵な音楽を作り上げてくださった久石さんには本当にいい映画をありがとうございましたと心から感謝したい。またこの作品を選んでくださったモントリオール映画祭の審査員の方々にも感謝したい。でなければ「納棺士」の映画はみなかったかもしれないから。英語タイトルは Departures だが、おくりびとというタイトルのほうがしっくりくる。

映画そのものに話をうつそう。

とにかく「納棺の作法」が素晴らしい。死者に最大限の敬意を払い、限りなく優しくしかし精密に、厳かに死者を送り出す作法を行う本木さんの姿は限りなく美しい。しかしそれ以上に美しく感じたのは山崎努さんの納棺の作法。作法というのは相手を大切に思う気持ちから出るもの。その技をつきつめていくと、厳然たる美が姿を見せ、人を感動させる。映画途中の作法は、山崎努さん演じる社長のほうが格段に上である。本木さんの納棺の作法が美しいのは無心の美だとすると、山崎さんの作法は慈しみの美である。これは彼がある経験をしていることによるものだ。ところが最後の最後に本木さん演じる主人公がついに社長の作法の域に達することになる。私は涙がとまらないシーンであった。ぜひできればよい映画館で観ていただければと思います。

映画を観て感じたこと

僕は今42歳。納棺の儀はみたことがないが、きれいな死化粧をした遺体を間近で見たことが2度ある。一度目は生徒の姉が亡くなったとき。家の近所でもあり、通夜に参加させていただいた。本当にきれいでまるで生きているようであった。家族の悲しみと葬式の準備であわただしい親族だけが彼女の死を物語っているようであった。

二度目はおばの葬儀の時。結婚したが必ずしも家庭が幸福だったとはいえない人で、闘病生活を繰り返してきたかただった。ときどきこのおばの人生とはなんだったのだろうと思うことがある。子供や孫にも恵まれたが平穏な人生だったのだろうか。でも、最後に見た顔は本当に穏やかなものであった。

納棺士という職業があることはついぞ知らなかったが、もし死が自分の身にふりかかるとしても、自分の人生はもっくんのような人に美しく終わらせてもらいたいと思わせる映画であった。人生を半分以上生きた今だから、また親を本当に大切に思う時期であるからとくに強くそう思う。10代でこの映画を観た場合と、40代、50代でこの映画を観た場合ではおそらく観方がかわるかもしれない。今この映画を観れて本当にラッキーだったと思う。

親しい人の死は「家族って何か」「幸せとは何か」「死ぬって何か」というキーワードを私たちに強く思い起こさせる。不謹慎かもしれないが、近しい人の死があって私たちは生きている間の大事なものを忘れずにいられるのかもしれない。それは限りある生の大事さかもしれないし、家族の絆かもしれない。「おくりびと」はそんなことを考えさせる、温かくも静かな、そして感動的な映画であった。

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