文脈ごとに姿をかえる
2019 2年英語だより
11月16日号
一語一語の訳は辞書通りだが….
君たちが訳したものをみると、「一つ一つの単語の意味があっているのに結果としては意味が通じない」ことがある。たとえばHe is particular about coffee. で、「彼はコーヒーについて特殊である」? という迷訳をした生徒がいた。一語一語の訳は辞書に書かれた通りであるのに、全体の意味をつかんではいない。正しくは「彼はコーヒーにこだわりがある」とでもするしかない。
なぜそうなるのか?
なぜその生徒はそう訳したのか。particular=特定の と英単語と日本語を一対一に結び付けて覚えたからだ。彼はparticularは「特殊な、特別な」という意味でしか覚えていなかったのである。言葉の意味は、文脈で変わるものだ。文脈次第でどんどん意味が限定されていく。彼のミスは辞書をひいていれば、避けられた。なぜならparticularにまつわる周辺情報がいろいろ得られたからだ。
単語の意味はゆるやかに脳にとどめ、文脈を使って「最適な解」を導き出す
単語というのは、ほぼ多義語であると思ったほうがいいのだ。この多義語という意味だが、ばらばらな意味をさすのではない。「コア=核」の意味を中心に「文脈ごとに姿を変える」といったほうが正しいかもしれない。たとえば、meetならコア(核)の意味は「向き合う」となる。では次の文脈でのmetの意味はなんだろう? She met Yuta at Iwaki high school for the first time. これなら「会った」という訳語が与えられるだろう。文脈がこの意味を決定したのだ。 ではWe’ll meet the market’s demand. ならどうだろう。市場の要求に「向き合う」ということは「応える」ということだな。または【要求を満たす】ということだな」と判断されるだろう。
meet という単語はゆるやかに「向き合う」ぐらいの意味で考えておいて、文脈に合わせて「会う」「応える」「満たす」という解を出していくのである。
1対1対応学習の代償
単語帳などで、単語の意味を一対一で覚えるということは、プラス面もたしかにある。語いが少なすぎる場合、効率よく数多くの語いを身に付けることができる。ただしそれは同時に危険なことでもある。なぜなら一対一対応で言葉の意味を覚えることは、覚えている意味以外の意味で長文に出た場合全く対応できなくなってしまうからだ。「文脈に応じて言葉の意味を考える」というのは確かに面倒なことだ。だが、ある単語と訳が1対1の関係があると信じ込んでいた、またはその方が楽なのでそういう練習のみを積んできた者は、長文の中で「一対一の関係にない語」をみたとたん思考停止に陥る。もう一度いうが、言葉というのはコア(核心的意味)をもとに、常にゆれうごく存在であり、常に他の言葉との関係の中で「意味の最適化」が図られ、訳語が決められていくものである。1対1の硬直した意味関係の先に、「最もよいと思われる解」が確かにあるのである。これを行うには辞書で周辺情報まで読むとよい。それと、速単などの長文系単語集を使うことでもある程度弊害は避けられる。
よく、正解が必ずあるから○○の科目が好きだ。」というものがいる。しかし、大学生生以降、大人の世界にはBestな正解など存在しない。ベストの「近似値」を求めるだけである。大学生になること、世の中に出て仕事をするとはそういうことである。よって「Bestな解に最も近いように思われる値」を求め、長文読解のみならず、授業や大学入試を受けるにあたり、とことん考え抜くための力を君たちにはつけてもらいたいと願っている。
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