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2015年8月22日 (土)

Subaru フレキシブルドロータワーバー

レガシイアウトバック 2.5i BR9 を6月に購入しました。アイサイト超快適。サポート役が一人自分専用に付いている感じです。乗り心地もGood.

それに加えてSTIのフレキシブルドロータワーバーつけました。これ、つけて大正解です。カーブの時や、路面が荒れているとき、サスが柔らかめなのでボワンボワンゆれていたのが、一発でトンと収束するようになりました。ロールというか。ゆれが劇的になくなりました。それにともない、車のサスが路面に吸い付いているのが感じられるようになりました。カーブの時もなんとなく逆方向にひっぱられている感じがして、外側に体がひっぱられる感じがだいぶうすれました。ボルボのV70に乗っていましたが、この乗り心地は超えてます。どう伝えていいか迷いますが、ごく普通の水道水が石清水のように透明ですっきりした感じになったとでもいいましょうか。すっきりして迷い無しって感じでかなり好感が持てます。もっと早くつければよかった。大満足の5点中5点です。

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関係詞whatを使った慣用表現

Reading is to our mind what exercise is to our body. は、

心にとっての読書は、体にとっての運動と同様の関係だ。
と訳せるがなぜこうなるのだろう。構造はどうなっているのか。
A is to B  what C is to D.
BにとってのAは、DにとってのCみたいなものだ。
これはもともとA is [ what C is <to D>] to B.だった
Aが主語、whatで始まる関係詞節が補語、to Bが副詞句。
直訳すれば、「AはBにとって、DにとってCであるものだ」となる。
ちなみにwhat C is to Dには誰でも知っている自明のことが来る
わかりやすい例を持ち出しておいて、「それと同様に、BにとってAは切っても切れない重要な存在なのだ」と伝える構文なのだ。
Reading is to our mind what exercise is to our body.
心にとっての読書は、体にとっての運動と同様の関係だ。
この構文は下線部のところを伝えたい構文だったと言える。

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