磐城高校 校歌 幻の第2番
本校の校歌には幻の第二番が存在します。本校の校歌は当時磐城中学の校長先生だった、西村岸太郎校長自らが作詞したもの。作曲は福島師範学校の音楽教諭だった、渡辺貞雄先生によるもの。校歌は明治44年に制定されましたが、そのときは今では幻の、この第2章(2番)の歌詞が存在していました。
(昭和28年以降は第二番省略)
(二) あやに畏(かしこ)し天皇(すめらぎ)の
勅(みこと)捧げつ山ゆかば
草むす屍(かばね)海ゆかば
水つく屍ゆめ忘れめや
大ざっぱに言えば、「まこと、おそれ多き、天皇陛下から、出兵の命が下れば、身をなげうっていつでもどこででも死のう。」
終戦後の昭和28年以降、この歌詞は省略され、いつしか忘れ去られていきました。この第二章が削除されたため、第三章と第四章がくりあがって、それぞれ、第二章と第三章になりました。
このような歌詞がもともとあったと思えば、第3章の「本務(つとめ)励みて吾らたゆまじ」の意味も変わって見えてきます。「本務(つとめ)」とは当時は当然学業だけではなかったでしょう。卒業生も在校生もこのような校歌があったことは忘れてはいけないと思います。そしてこの歌詞を自分の生徒に歌わせる世の中でなくて本当によかったとも思うのです。
それにしても一番の終わりが「ああ楽し 吾等友がら」ですので、いきなりこの歌詞になるのは「きつい」ものがあります。4つの歌詞の中で、これだけがなかなり異質に思えるのは今の時代だからなのでしょうか。


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