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2011年12月31日 (土)

0390- 111231 ありがとうございました。

今年もあと16時間。2011年は本当に大変な年になりました。東日本大震災と原発のために私が住むいわき市からも多くの人が避難しました。私自身も3月、4月は避難、避難で、栃木・那須→新幹線で東京→親戚を頼って埼玉→福島・会津美里町と生活の場所がてんてんとかわった日々が続き、もう帰れないかもと思った時もありました。放射線におびえた日々。でもなんとか家族全員こうして無事で生きています。

多くの方から心配のお声をメールや電話の形でいただきました。心から感謝致します。震災があってつらいこともあったけれど、人の情け、「絆」が身にしみた、一年でした。人はつらいとき誰からも相手にされないと絶望におちいります。もうだめか。故郷に帰れないか。となんどおもったことか。でもお声がけいただくだけで心が落ち着くのです。気に掛けてもらっている人がいるんだと思うだけで希望の光が見えるのです。(避難の時は携帯電話だけが頼りのつなでした。)

そしてこの経験で、何らかの形でみなさんや社会に恩返ししたいという気持ちが強まっています。自分が何ができるか考えた一年でもありました。そのため、アルクさんをはじめ、啓林館、ベネッセさんの企画にも協力させていただいだりしました。しかしまだまだこんなものではすみません。自分のできることは何か2012年も考えていきたいと思います。そのひとつにはやはり英語で困っている人にわかった、できたと笑顔になってもらいたいということなので、自費出版や電子出版でいいから1冊本を書いて出したいということ。それとお金がなくて塾などに行けない子などにボランティアで教えたりもしたいなあと考えています。今年より来年は行動の1年にしたいなあ。実行したいなあという気持ちが強いです。そしてもちろん、3年生には合格してもらいたい。

ブログの読者の皆様へ 私のブログをわざわざ読んで下さってありがとうございます。2012年も「気ままに英語教育」はあくまで「気ままに」しかしパワーアップしてがんばりますのでよろしくお願いいたします。

前田浩之拝

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2011年12月28日 (水)

388- 111228 2文主義で行こう

一文レベルのドリルばかりですと、本来使うべき文脈、コンテキストが見えないことがあります。

Have you ever seen the movie? だけより、

Have you ever seen the Korean TV drama ?
Yes, I have seen it twice. Have you?
Yes, I have seen it many times.

などのほうがより文がいきいきしています。
なぜその文法項目を使うのか、どんな状況で使うのかが分かるからです。
それとやはり時流などを盛り込んだり身近な文だといいようです。

もちろん、1文レベルのドリルは重要です。効率もあります。僕の提案は、導入時一番最初と、一番最後に英作文などをやらせる場合、書かせる文以外で最低でも一文追加しておいて、二文(あるいは三文)にすると文脈が生まれてきてなぜ今文法の勉強をしているかより鮮明に生徒に伝わるってことなんです。ドリルの最後は2文(3文)主義で行きましょうということです。

追加する文には同じ文法項目を埋め込んで置いてもいいですし、既習の文法項目や表現を埋めておくのもありです。(^_^) そしてテストでは、

下線部に入る適切な文を考えて入れなさい。
Have you ever seen a Korean TV drama Winter's Sonata?
            Have you?
Yes, I have seen it many times.

なんてのも面白いですね。文脈を得ると、文法が化石からフレッシュなものに生まれ変わるというお話でした。

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2011年12月27日 (火)

0387- 111227 ユメブンをいただいて

アルクの新刊ユメブンですが、木村先生の共著者の駒場東邦・佐藤仁志先生より直接いただきました。丁寧な手紙付きで、かぶんのお褒めの言葉までいただいて恐縮しています。佐藤先生本当にありがとうございました。

さて、この本のコンセプトは最初のインプット以外はすべてアウトプットになっていることでしょう。知識というのは入れるのではなく、くり返し「出す」と定着に向かっていきます。自宅の電話番号を覚えているのは、くり返しインプットした結果ではなく、くり返しアウトプットした結果、脳が重要な情報とみとめ長期記憶の中に入ることになったからです。この本はまずこのアウトプットの原則に則しています。

次に、Step 1 からファイナルステップに向けて、同じ項目を少しずつ単語を変えながら進んで行っている点が、無理なく定着を促します。ドリルの「歩幅」が大きくもなく、小さくもなく、ちょうどいいのです。これを「変化のあるくり返し」といいます。穴埋め、誤文訂正、疑問文への変換、語順、英作文とルールの認識からメカニカルなドリルを経て、英作文へと進んでいきます。また、この過程で少なからぬ表現、音声を体に取り込むことにもなり、文法というより英語の総合力をあげるのに適した構成になっています。

この本は、Forest, Be, Dual Scope, Breakthroughなどが構造的に抱えている問題にメスを入れてます。それは問題数、問題の種類が少なすぎて定着にいたらないということ。そして問題の出し方についても定着をうながすトレーニング順序を考えていないという点。文法力は単にワークブックやネクステの問題をやればいいというのではなく、音読筆写を中心とした、もっと根本的な学習の在り方を考えないとダメであるということ、文法学習はRLSWの学習の起点になりうるということを提起した点で、ユメブンは画期的といえるでしょう。

すでに文法参考書の教科書を使っていて、自分で教材を作るとすれば、ユメブンの構成が大いに参考になるでしょう。その場合ファイナルステップの英作文を意識して、それを達成するために前のステップに、そこで使う表現をまぶしておくという伏線構造を忘れないようにしたいですね。

よくExplicitな文法知識なしの学校の授業もありますが、その場合、結局生徒は塾かどこかで補充しています。やはりExplicitな文法指導は必要不可欠だと思います。ユメブンの1も楽しみ。

木村先生、佐藤先生、石崎先生、すてきな本をありがとうございます。

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2011年12月25日 (日)

0386 - 111225 電子教科書に求めるスペック

全体のスペックとしては

カラーE-inkであること。バックライト付きの液晶は不可。そもそもバックライトを使わないと文字が読めない暗いところで長時間発光体を見つめるのはアウト。発光体を長時間眺めるのもアウト。とくにLED液晶のブルーライト光は目に有害。よってカラーのE-inkで、バックライトのないものが最低条件。よって現行のようなiPadは教科書としては落第。子どもを害する可能性が高いものについては絶対ダメ。

ネットとの接続は特に必要なし。これは学校裏サイト、SNSなどの利用と関連有り。
教室に一台ネットとつながるパソコンがあればいい。
あるいは、教師が許可した時のみネットに接続される機能。

紙に書いたものをとりこむスキャナーとの連動機能。
スタイラスペンを使っての作画機能。
ビデオカメラ、デジカメの取り込み、編集機能。
ハイパーカードやフラッシュのようなオーサリング機能。
マインドマッピングのソフト。
ネットを介しての教材共有機能。
ワープロ機能。
プロジェクターへの無線・有線接続機能


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0385- 111225 デジタルなら何でもいいか?

本日、新聞紙の束を新聞店の人にもっていってもらいました。ふと思ったのですが新聞は見終わったらゴミ扱いです。情報を求めるだけだったら、デジタル新聞でいいわけです。でも、デジタルにすれば税金は東京の本社に入るだけです。地元には一銭も入らない。新聞店から新聞を買えばこの人達の収入になるし、地元の税収にもなります。

アマゾンなども便利なのですが、デジタルでやりとりの場合、やはり地域にはお金が全く落ちません。とくに都会でない地方は、便利さとひきかえに自分たちの地域をやせほそらせるだけの結果を生みます。自己の便利を追求するあまり、歳をとってから周りに本屋や新聞店がないではしゃれにならない。そうでなくても人口も減っているのに文化の活性化どころではなくなりますよね。(本についてはe-honを使うと地元の本屋にもお金が落ちるらしいのでこちらを使いたい。)

また、もうひとつ問題なのが、LEDライト。iphone、iPad, Macbookに限らず現在ほとんどのスマホやパソコンの液晶に使われているものです。この液晶が発する「ブルーライト」が網膜にとってものすごく悪いのです。(私はブルーライトから目を保護するサングラスのようなものを買いましたけど変な話です)よって目の悪い私は本、新聞など長時間読み続ける場合、絶対ipadなどでは読みたくないわけです。子どもにも絶対読ませたくありません。親は子どもの健康を守る義務があります。私達の目は発光体を見るようには本来できていません。私達の目は光の反射によってものを見るようにできています。この「ブルーライト」は目に強すぎます。長時間に渡って情報入手する「読書、新聞を読む、教科書を読む」場合は紙の書籍を通してなされるべきだと主張したいです。(ただし e-inkを使い、目にやさしいブックリーダーもあります)

さらに問題なのが、日本の森林は手入れしないとダメになるということ。(大きくなりすぎるとCO2吸入量が落ち、また水を土壌に含む力も落ちる)つまり適度に間引いて「使わないと森がダメになる」のです。こういう木を教科書、新聞、本、はがき、書類にどんどん使うこと。これって森の手入れにも貢献するのです。教科書の一部には日本の木を使うべしという法律があってもいいくらいです。外国産の木をパルプにして新聞に使うのは安いからですが、少し高くなっても少なくとも一部は日本の気を使ってはどうでしょうか。

デジタルは一面便利なのですが、他の面を見ると、トータルとして幸福になれるとは限りません。様々な他のものを犠牲にする部分もまたあります。デジタルの新聞やアマゾンというシステムは便利ですが、地元の活字文化の供給の点は阻害します。デジタルの教科書も便利ですが、子どもの目の健康を大きく損なう可能性が高いです。新聞の場合大人の目の健康を損ないます。デジタル化をすることで日本の木がますます使われなくなって、森林が荒れていくことを憂慮します。

いい部分は取り入れ、そうでない部分はアナログで考えていく。そういうスタンスでデジタルとはつきあいたいです。

P.S. 新聞は、紙の新聞の継続にしました。

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2011年12月23日 (金)

0384 セミナー、研修会からまなべること

セミナー、研修会に行って自分がなるほどと思う事って自分では気づいていないことが多いと思います。自覚はしていてもその大切さに気づいていない。あるいは自覚もできていない。それを学ぼうとして達セミなどに行くわけです。これが第一段階。

そしてマネしようと思ってもなかなかできないのが、講師の説明のうまさ、活動の手順のスムーズさ、説明と活動の割合の絶妙さです。ワークショップなどに行ってこれに感動したという人も少なくないのではないでしょうか。これはすぐマネできるわざではないので、自分のものにするのには一苦労します。これが第二段階。

そんなのは自分で頑張って積み上げいくもので人から教えてもらうものじゃないのでは? という疑問がでてきそうですが、「ここができていないため」残念な結果になっている授業も多いのではと思います。文法の説明などがそう。延々説明しても「人間が」(あえて生徒がとは書きません)何もせず聞いていられる時間はかぎられています。すぱっときれる説明(このなかにはどういうときにその文法を使うと便利かも入れます)をしてあとはくり返しを通じてマスターさせていきます。人間が集中しているときって、実は時間の概念を忘れるほどの集中力をしめします。授業がうまいひとの共通点は、発問、説明、活動、(笑い)のバランスが絶妙にとれていて、(最後は生徒とのインタラクションのたまもの)集中すべきときに集中させつづけます。そしてぶれない(ように見える)。よく授業はインタラクションといいますが、無理にインタラクションしようとしてもうまくいきません。結局それは教師の授業力のたまものと言えます。カナダで出あった授業の達人!と思える方に聞いてみました。コツは何ですかと?答えはズバリ、Teacher's control. 話し方に気を配る、発問の中身の検討、何をどこまで説明するか、適切な活動の実施と評価、活動の手順の確認、目的の共有、適切な資料の配付、シラバスの中での位置づけ etc. すべて行っていて初めて生徒も満足できる授業になりうる。とのことでした。情報発信者としては情報の中身、与える時期の精選、そして情報の発信のしかたにすごく気を配る必要がありそうです。ファシリテーターとしては活動をどれほど楽しくできるか、ルールの徹底、どう評価するかという部分に気を配る必要があるでしょう。情報の受け手としての教師は生徒の発信する情報を適切に評価し、ほめたり、個人あるいはクラス全体にフィードバックするなどしてミスの芽をつんでいく必要があるでしょう。

いきなりすべては難しいかもでしょう。でも誰しも完全無欠の教師はいません。「未完成から完成へ」向けて一歩一歩歩みをやめないことはすごく大切。達セミなどはこのうち、「ファシリテーターとしての教師」の部分をよく学べると思います。このように自分が強化したいのがどの部分か、意識できる状態は、生徒が自分がどの部分が弱いか判断して、勉強の手立てをたてる状態と同じ。これは「メタ認知」が働いている状態になります。

最終段階として大事なのが、自分(あるいは生徒、学校全体)が望む結果を得るためにどの時期にどの活動をさせていくか計画をたてることだと思います。どの時期までにどういう力をつけさせたいか個人であるいは英語科全体で考えることが重要になるでしょう。

万一このブログを見ている方で、英語教師のためのセミナーの講師の方や、研究会の主催者の方がいれば、今後はセミナー受講者に全体計画を共有してもらって、「ここの時期にこういう力をつけさせたいのでこの活動をします。一回では無理なので帯時間のようにしてくりかえし〜をしていきます。」という話をしていただければと思うのです。できれば参加者に、A4 1枚程度で簡単に「生徒にいつの時期にどうなって欲しいか」を作ってもらった上での参加も面白いかもしれません。シラバスレベルでの気づきが得られるのはすごく大きいことだからです。

*Can-do リストもありますが、限界もあります。大学の先生が主導しているせいか、「はっきり数字がでてきて、検証できるものしかリストに含めない」ようです。数字がでないと検証できない(研究にならない)からだそうです。研究対象になりにくいものの中にも重要なものもあるんですけどね。たとえば英文解釈。ベネッセの人と話していたら、解釈力があがったとかは検証しにくいから評価になりにくいとのこと。うーんそこが入試では大きいのですが。とりあえずWPMがあがったとか、パラグラフの主旨を速くつかめたとかの「結果」で評価するしかないとのこと。認知のCan-do リストがあってもよいと思うのですが。限界があるのを知った上でつきあっていくことになるでしょう。

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0383 - 111223  かぜ

子どもからもらってしまった風邪が悪化してしまいました。熱が出てのどがひどいことになっているので課外にでられず。昨日今日と寝ています。残念。前日はリスニング指導の教材を作っていたのですが、これは後日に使おうと思います。

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2011年12月20日 (火)

0382- 111220  冬の課外の長文語いリストについて

2年生の冬の課外2日目。60分3コマ連続。長文にでてくる単語のプリントは先渡し。ただし、自力で意味をつかんでほしいところ、訳をつくってほしいところの単語はわざとぬいてある。単語の先渡しは語い力の強化になるのと、英文解釈にパワーを振り向けさせるため。中位、下位陣にとってはスキーマを与えておき、英文にとっつきやすくするため。そうすることで長文をほうりなげず、とりあえ手を付けさせることを狙っている。特に下位の生徒は、単語の意味を調べることに数十分かかり、学習が力尽きるくらいなら、リストで覚えさせておいて一気に読ませる方がはるかに建設的。特に、「自分でやっておけ」になりがちの「課題」は単語リストを作って渡す効果は大きい。

単語を調べなくなるという懸念をしめす先生もいるが、それはリスト型の単語帳を使っている時点で同じ。それに単語によって載せる載せないを工夫すればいいのだ。例えば、単語はartificial 人工の というような 自分の生徒にとって既習語であり、訳語がほぼひとつに決まるものはリストに載せて、問答無用に再確認させる。新出語で訳語があまりぶれないものもリストに載せて覚えさせる。一方、既習語にせよ、未習語にせよ、reflect(反射、反映、反省)のような文脈を利用して意味がかちっと決まるものはあえてリストにのせないでおく。それこそ文脈を利用して意味を推測し、その上で辞書をひかせたほうがいい。Many insects can be destroyed by spiders. の destoryの意味なども単語リストに載せず、自力で意味をとらせる。これは「食べられる」という意味になり、「破壊される」ではアウトだ。よってリストに載せるのせるのせないは、英文を読み込んだ上で、教師がセレクトする。もちろん1年1学期の指導は別なものになるが、2年終盤の指導としてはこれがいいと思う。辞書をひかせるものとそうでないものを区別すると効率がよいのだ。効率とは、下位、中位の生徒に間違いなくターゲットの長文を全員に読ませられる確率が上がるという意味だ。あるいは上位の生徒には長文を早く終わらせて、その文別の長文を読んだり、解釈問題に取り組む余裕ができるということだ。

リストの作り方で注意点がひとつ。左側に和訳、右側に英語をのせる。
  例 人工の      artificial

真ん中でプリントを折らせるのだが、すこしずらして、単語の最初の2〜3文字が見えるところでたてに折らせる。

    人工の      art...

これでヒントつきのクイズができあがる。一分間時間をはかり、ペアでどこまで覚えたかチェックさせるのもOK。僕はしあげにクリスクロスをしている。

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2011年12月19日 (月)

0381- 111219 生徒をみるということ

様々な研修に出かけるのは、目の前にいる生徒の反応が悪く(寝るのがその典型)悩んでいるからだ。あるいはもっと彼らの夢をかなえてあげたいからに他ならない。(学校より塾が役に立つと言われて悩まない教員はいないだろう)夜中まで起きて教材をわざわざ作るのもそう。どの教員も生徒をよくしたいという思いは強いと思う。この生徒達を伸ばしたい。その一点で自己研鑽を行う。はっきり言って、何も行動しない人より百万倍いいと思う。

どうしたらいいか分からないということは、結局自分なりのあるいは学校としての指導の「型」が存在しないことに全てが起因する。この「型」は当然生徒を3年後どうしたいかという目標のもとに設定される。「型」はさらに何がどの時期に達成されればよいかという 「Can-do list」と、それを達成するための「指導方法」・「評価方法」・「生徒へのフィードバック」へと別れると思う。

研究授業で学ぶ指導方法はこの中の「ある特定の時期の指導法」ということになる。中には3年間ずっと使える技術もあるかもしれないが、「いつごろ、どの指導方法が何を達成するために有効か」ということは考えておかないと、研修を受ける度にメインの指導方法が変わり、生徒が迷惑するという事態になりかねない。よって研修によって得られるものの限界も知っておく必要がある。「生徒のどの技能について、何をいつまでにどれだけ」という目標を自分で考える、あるいは同僚と考える部分が絶対必要なのだ。その上での授業技術なのだ。さらには、かわいい生徒にフィードバックして、力を伸ばしてなんぼなのだ。

非常に役だった研修もあげておこう。英授研(関東支部)の大会はよく筑駒で開かれている。個人的にはたくさん講師がいた中で、久保野雅史先生と太田洋先生のお話、実践がすごく参考になっている。すばらしい講師のすばらしい実践というのは、具体的である。何を大切にしているかという理念をきちんと語ってくれる上に、生徒をうごかすツボを心得ている。(研修を数多く受けていると、必ずロールモデルになるようなはっとするすばらしい講師に出会えるのである←他の講師の方がダメと言っているわけではないので誤解はなきように。ただ内容はいいのにプレゼンテーション=人に伝える力がとても弱い講師がいることも確か。そういう講座は残念ながら全く印象には残らない)このお二方の話を聞けるなら、ぜひ参加した方がよいと思う。

語い指導については岡田順子先生の話がずば抜けてよい。

授業の指導の流れも重要だ。これはICCの授業セミナーが役に立つ。

ELECの講師の方も一流どころがそろっている。受けて後悔する講座はないだろう。

Oral Interactionなら語研のセミナー、予備校系の指導方法が欲しいなら代ゼミが有名だ。

また田尻悟郎先生、中嶋洋一先生、高橋一幸先生、菅正隆先生の話は必聴だ。

このような講座に参加するのは何より自分のためでもある。生徒が寝るような授業ではなく、生徒に力がつく授業を行う。教師になったのは結局そのためだろう。そこがゆれると教師としての存在がゆらいでしまう。

そのためには、研修に参加するのはもちろんだが、目の前にいる生徒の現状がどうなのか、自分が彼らをどのように導いてあげたいのか、それを彼らは受け入れてくれるかが大事になる。結局、あの先生の言っていることならやってみようというのは、生徒とのコミュニケーションの度合いに関わってくる。成績で脅してもやる気はでてこないのだ。本気を見せること。そのためにここまで達成しようとゴールを示すこと。そのためにこの活動をやろうと活動の意義を示すこと。間違いのフィードバックを生徒に返し、完成度を高めさせること。できたらおもいっきりほめてあげること。

自分が行っている研修はそのうちのどれに貢献するのか、という視点を忘れないようにしたい。

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0380 -111219 授業研究会

土曜日に本校で授業研究会があり、河合塾の先生に来ていただきました。ポイントをまとめると、1)問題を先読みしてテーマについてスキーマを持とう。2)必ず段落ごとにメモをとろう。メモは何が書いてあったか思い出すものだから短くてOK。できる生徒でも400ワードを超えると前に書いてあったを忘れるとのこと。3)英文の構造がわかる板書を心がけよう。4)単語については、単語帳の訳語をはりつけていくのではなく、文脈にあった訳をしよう。ということを、break (壊す、破る、割る)や destroyを例に説明いただきました。(私ならば、reflectの意味を3つあげよ。反射、反映、反省だよね。文脈に合う意味はじゃどれ?などと必ずやります。)5)下線部訳の前後は必ず読ませる。

予備校系の研修会ではよく言われていることばかりですので自分にとって目新しい内容ではなかったのですが、それでもよい確認にはなります。特に新人の先生には勉強になることもあったと思います。授業を見るのはいいものです。<この先生と生徒の間の約束事の上で成り立っている授業なので、ただマネをしてもダメということになります>ただしする方がもっと勉強になりますが。

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2011年12月18日 (日)

0379- 111218 理念をもとう

「成長する英語教師をめざして」という本を読んでいる。新人教師、学生に向けて書かれた本ですが、内容は深いです。

7章の中嶋先生のお話の中にこのような言葉がありました。

○いくら有名講師が紹介した活動でも、指導する教師の「理念」がなければ生徒にとってはつまらない活動になる。
○指導者側が「50分持てばいい」「明日の授業に使える活動が欲しい」...といった自転車操業の考え方でいる限り子どもたちが本気になることはない。
○「理念」とは「経験」に裏打ちされた「確かな概念」がその人の豊かな「人間性」によって昇華した姿である。
○講演会やセミナーに行くと、セミナリアンと呼ばれる人たちがいる。........ 熱心なのはよいが、聞きっぱなし、メモのとりっぱなしになっているため、悲しいかな、確かな「概念」にまで高められていないのが現状である。
○もし自分の授業を本気で変えたいのであれば、入力ばかりを追いかけるのを止め、「自己責任」が生まれる行動にとりかかることを勧める。それは人に向けての出力であり、人前での発信である。例えば、何度も授業を行って授業を見てもらうこと、人前で実践発表をすること、ブログやMLなどで自分の考えを多くの人に読んでもらうこと、などである。
○理念と聞くと、何か崇高なものであり難しいのではないかと考えてしまいがちだがそうではない。子どもをよくしたいという強い情熱さえあれば、そのために何が必要かを考えるようになり、たとえ日々の営みは小さくとも、「理念」の基になる「信念」「信条」がすくすくと育っていくものである。

中嶋洋一先生の言葉はやはり深いなあ。とても大事なことを仰っています。

前エントリーでは「セミナーにいきましょう」という話をさせていただきましたが、「受けっぱなし」ではよくないのです。「刺激ばかりを求めるセミナリアン」とは言い得て妙です。講師が教えるのは「技」が多いのですが、それをそのままマネしたとしてもうまくいくはずはありません。持っている「理念」が全く同じではないですし、今までの生徒との約束事、指導の延長線上の「指導」を披露しているからです。自分の血肉に取り入れるためには「自分の理念・信念」の中でどの位置をしめるものなのかを決めなくてはなりません。また、学んだことを忘れないためにも、私はブログという手段を使っています。アウトプットをすることにより、必ずディブリーフィングという振り返り活動を行っているのです。また、単にセミナーに行くだけでなく、木村先生のような教師塾や、代ゼミの2日にわたるセミナーでやっているような「模擬授業」を行うセミナーに行くのも一つの手です。僕も最初は勇気が要りました。全国の先生方の前で授業をするわけですから。でも、学ぶ深さが全く違います。その場にいるだけか、セミナーの前から準備してきたかで、受け取る言葉のいみが全く変わります。授業をみてもらうこと、そして、ブログなどでの振り返り・アウトプットは最低限しなくてはなりません。そして、自分がどのような生徒を育て上げたいのか、そのためにはどのような指導をどの時期に行いたいのか考えることが「理念」だと思います。シラバスは「理念」が具体的な形をともなったものでなくてはならないと考えます。そして理念はチームで授業を行う限り共有されねばなりません。(これが一番大変)

「成長する英語教師をめざして」は柳瀬陽介先生、組田幸一郎先生、奥住桂先生がまとめられた本ですが、英語教育に関わる者として教職何年目であろうが、座右の書として一冊はそばに置いて読んでおきたい本だと思います。

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0378- 111218 祝! 20万アクセス

拙ブログ、気ままに英語教育ですが、20万アクセスを達成しました。すごくうれしいです。ブログを始めたきっかけは、英語授業の研修会に行き始めてから。「学んだことをこのままにしておくのはもったいないなあ。自分で学んだことを書いていけば忘備録にもなるし、アウトプットするためにはインプットを続けることになるよなあ。」という気持ちで始めました。

思い起こせばいろいろな研修会に行きました。

よく都道府県主催でやる官製のセミナーは入り口に過ぎません。自分の興味関心に答えてくれるとは限らないからです。自分が悩んでいる内容であれば、やはり自腹を切って、こちらから勉強しに行くことがとても重要だと思います。

それに気づいたのは30代後半で、文科省の海外研修に参加できたことがきっかけでした。英語の現教科調査官の方と同じグループで大いに刺激を受けて帰ってきました。(選んでいただいた当時の学校の教頭先生、校長先生、県教委の方、文科省の方には本当に感謝しています)

また、英語教師人生の中でもう一つ大きな転換点だったのは、木村達哉先生との出会いでした。木村先生の教師塾で模擬授業をしなければ、大学受験を超える授業という観点を持ち得たかどうか疑問でした。その姿勢に大いに影響を受けています。そのつながりで、様々な先生、業者の方と知り合いになれました。新しい教科書作りにもわずかではありますが、協力することができました。自分は多くの人に教えられてきました。40代になり、今度は学んだことを自分の生徒はもちろん、多くの人に還元していきたいと考えています。

自分の研修の記録として始めた「気ままに英語教育」。今後はとりあえず50万アクセス、記事を1年に50本、研修会に参加する、あるいは立ち上げる、今の生徒にあった教材を作るーそしていつかは自著の出版をするを目標にします。そして自分が勉強して、今預かっている生徒を鍛えて夢を叶えさせる。これらのことを考えながら「気ままに」続けていきたいと思います。

読んでいただいてありがとうございます。

P.S. ブログタイトルは妻の案です。本人は絶妙なタイトルだと自賛しています。著作権料を払わなくてはならないかも。(笑)

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2011年12月17日 (土)

0377- 111217 分かる授業、できる授業

「先生の授業って分かりやすいですね」こう言われて悪い気がするひとはいないだろう。でも、語学の授業ではこれはほめ言葉ではない。「先生の授業で、できるようになった」これなら喜んでいいと思う。「分かる」と「できる」は全く違うからだ。

分かるとは「認識できる、分けて考えられる」ということ。確かに日本語とは違う外国語を学ぶときには大事だけれど、その結果何ができるかのほうが100万倍大事なのだ。

ワナの部分は「説明」のあとである。多くの場合、説明をして、穴埋め、選択問題、よくてならべかえをして終わり。これが日本の文法問題教科書の作りだ。そして大部分の教師はそのパターンで授業をしている。いいすぎを承知で言うとこれでは教科書の問題配列の奴隷である。「目標」を達成するために、何もそのトレーニングの配列でなくてはならないことにはならないし、はっきり言って、今の日本の文法教科書でトレーニングの効果を考えた上での問題の配列をきちんと考えたものはないと言ってよい。よってどんどんタスクをいれかえて行っていいのだ。

「目標」とは「ルールを認識でき、文を読め、文を創出できる」ことである。

よってタスクの中には、誤文訂正、英文解釈、英作文を含めるべきである。英作文の中には並べかえ、和文英作、オリジナル文の創作とまでが入る。

当然マスターさせる構文パターンは極めて同じようなものを使い、単語を入れ替えるだけで文がどんどんできていく、読めるようになるよう例文の工夫が必要であると思う。つまり「変化のあるくり返し」タスク=異なるタスクを通じてのパターンプラクティスが大切となる。

これじゃ、文法の授業か、作文か、読解の授業か分からないと言われる方がいるかもしれないが、語学は何が読めたか、聴けたか、書けたか、話せたかが重要であり、きっちり分けて指導することが重要だとは必ずしも言えない。むしろ、分けないで統合して教えたほうが文法のありがたみが分かっていいのではないだろうか。すると、文法を教えるもの、読解を教える者、作文を教える者は一人の方が効率がいいと言うことにもなってくる。今まで分業体制で教えていたのが本当によいことなのかも検証が必要だろう。

分かる授業はできる授業のための必要条件だが、十分条件ではない。教師は心にとめておくべきだと思う。そしてできる授業ができれば、生徒は輝くと思う。

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2011年12月14日 (水)

0376- 111214 研修の機会

木村達哉先生、柴原智幸先生をお迎えして、本校にてセミナーが開催されることになりました。非常に熱心な先生方がもう申し込んでいるらしいです。近隣の、IS高校、S高校、IR高校さんなどからすでに申し込みがあるとのこと。さらには東京からも。すばらしいです。知らないことは学べばいい。自分が意識していなかった新しい視点を学ぶこと。教員としての喜びそのものです。勉強すると、学んだことをどう教室で伝えようか、生徒にどう力をつけてもらうかとわくわくして、授業が待ち遠しくなるのです。

家族ができると独身時代と比べてフットワークが鈍ります。私自分自身思うよう、研修にいくことができていません。そんななか、いわきで開催される絶好の機会。まず自分が楽しみたいと思います。内容は高校のことが中心になると思いますが、灘は中高一貫校。また柴原先生は通訳者。英語力アップのためのトレーニング方法を教えて下さるはず。高校だけでなく、中学の先生方にも来ていただきたいなあと考えます。
中学も高校も、やはり授業が勝負。部活や行事も重要な一部ですが、学校は授業が最も大切。授業を充実させ、生徒の自己実現の手助けをしたいと思います。

P.S. 中高の壁を越えて、チームいわきができればもっとおもしろいなと思います。

2月19日(日)12:00〜16:00 いわき市・磐城高校にて
申し込みはアルクさんのホームページより。http://www.gakko-oendan.com/staticpages/index.php?page=charity

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2011年12月13日 (火)

0375- 111212  英語の先生応援東北チャリティーセミナー開催!

灘中・高の木村達哉先生と、放送通訳者の柴原智幸先生、ならびにアルクさんのご厚意で、2月19日(日)に福島県立磐城高等学校で「英語の先生応援東北チャリティーセミナー」が開かれることになりました。時間は12:00〜16:00まで。木村先生を福島にお迎えしてひらく初めてのセミナー。木村先生には3月11日より、心配をしていただいて本当に感謝感謝です。柴原先生も木村先生もボランティアで駆けつけて下さるとの話で、心から感謝したいと思います。それと、開催に向けてはアルクの嵯峨さん、矢部さん、石川さんには本当にお世話になりました。感謝感謝の一言です。当日は一人でも多くの先生方が参加されて、英語力・授業力アップの方法を学んでいただければ(自分も学べれば)と思っています。2月19日が非常に楽しみです!

申し込みは以下からです。

http://www.gakko-oendan.com/staticpages/index.php?page=charity

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2011年12月 7日 (水)

0374- 111207 速読プリントとリスニング教材

業者の速読用の教材とリスニング用の教材がある。はっきり言って、速読用の教材でリスニングをしても、リスニング教材で速読をしてもよい場合がある。センターの第4問などはまずは速読できないレベルであればリスニングも難しいだろう。会話のやりとりなどはリスニング教材を使う必要はあるが、同時に採用できない場合でも、2回に1回はリスニングで速読教材を使ってみることはできるはず。ディクテーションをやらせるのだって、何もリスニング教材でなくてはならないことはない。

リスニング教材を使うのなら、そこに出てくる語いのリストがはじめから用意されている方がいい。CDの中か、最低でも単語ー和訳リストは用意されているものの方がよい。語いがわからなけらば聴き取れないからだ。語いの障害はなくしておいてから速読にせよ、リスニングにせよやるのがよい。

またディクテーションなどの練習が必ず入っているモノ。できれば、音読やシャドウイングなど練習手順がはっきりしているものがよい。

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