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2011年12月17日 (土)

0377- 111217 分かる授業、できる授業

「先生の授業って分かりやすいですね」こう言われて悪い気がするひとはいないだろう。でも、語学の授業ではこれはほめ言葉ではない。「先生の授業で、できるようになった」これなら喜んでいいと思う。「分かる」と「できる」は全く違うからだ。

分かるとは「認識できる、分けて考えられる」ということ。確かに日本語とは違う外国語を学ぶときには大事だけれど、その結果何ができるかのほうが100万倍大事なのだ。

ワナの部分は「説明」のあとである。多くの場合、説明をして、穴埋め、選択問題、よくてならべかえをして終わり。これが日本の文法問題教科書の作りだ。そして大部分の教師はそのパターンで授業をしている。いいすぎを承知で言うとこれでは教科書の問題配列の奴隷である。「目標」を達成するために、何もそのトレーニングの配列でなくてはならないことにはならないし、はっきり言って、今の日本の文法教科書でトレーニングの効果を考えた上での問題の配列をきちんと考えたものはないと言ってよい。よってどんどんタスクをいれかえて行っていいのだ。

「目標」とは「ルールを認識でき、文を読め、文を創出できる」ことである。

よってタスクの中には、誤文訂正、英文解釈、英作文を含めるべきである。英作文の中には並べかえ、和文英作、オリジナル文の創作とまでが入る。

当然マスターさせる構文パターンは極めて同じようなものを使い、単語を入れ替えるだけで文がどんどんできていく、読めるようになるよう例文の工夫が必要であると思う。つまり「変化のあるくり返し」タスク=異なるタスクを通じてのパターンプラクティスが大切となる。

これじゃ、文法の授業か、作文か、読解の授業か分からないと言われる方がいるかもしれないが、語学は何が読めたか、聴けたか、書けたか、話せたかが重要であり、きっちり分けて指導することが重要だとは必ずしも言えない。むしろ、分けないで統合して教えたほうが文法のありがたみが分かっていいのではないだろうか。すると、文法を教えるもの、読解を教える者、作文を教える者は一人の方が効率がいいと言うことにもなってくる。今まで分業体制で教えていたのが本当によいことなのかも検証が必要だろう。

分かる授業はできる授業のための必要条件だが、十分条件ではない。教師は心にとめておくべきだと思う。そしてできる授業ができれば、生徒は輝くと思う。

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