0301 -101127 「ほぼ同じ意味にしなさい」は教育的か?
英語教師がテストを作るときよく使い、そして問題集でもよく目にする言葉が、「ほぼ同じ意味にしなさい」だ。しかし、この「ほぼ」という言葉のかげでどれほどの英語のニュアンスが失われているだろうか。
Everybody likes her.
She is liked by everybody.
この2つの文の意味は当然違う。旧情報と新情報の違いである。前者はherを後者はeverybodyを強調している。でも多くの英語教師はこの2つの文の書き換えを意味を教えず行っている(ようだ)。
It seems that she is a good pianist.
She seems to be a good pianist.
この2つの文が伝えることも違う。前者は客観的、伝聞であり、後者は、主観的,自己判断に基づく文だ。しかし英語教師は、「ほぼ同じ意味になるように書き換えなさい。」という指示をテストで出す。
「ほぼ同じ意味.....」の良い点は,とりあえず、機能の違いに深入りせず,単純な書き換えの操作ができることだ。一つ目の文を、2つめの文を生み出すための道具にしているわけだ。
問題は、この「ほぼ」が指す範囲が限定できない点にある。(あるいは教師が無頓着に使っている)
例えば The book is on the desk.とThere is a book on the desk.を書き換えさせる問題はさすがにないが、上記の2つの例を「ほぼ同じように書き換えなさい」といった指示を出すのは、The book is...の文とThere is a book on the desk.の文を書き換えさせるようなものではないかということを指摘したいのだ。結局、相手に伝わる情報の種類、強弱の違いを無視していいのかという問題につきあたる。
まじめに指導に取り組んでいる英語教師であればあるほど、「ほぼ同じ意味に書き換えなさい」という言葉に罪悪感なり、うさんくささを感じるのではないだろうか。生徒の学習状況により、深く教える教えないのタイミングを見計らうのは大事かもしれないが、全く教えないのは罪悪であり、生徒にとっては悲劇であると思う。その形には、それ相応の意味がこめられているはずだからである。教師が知っていて教えないのと,知らずに教えられないのでは天と地との差がある。(だから教師は勉強をし続けるのである。)
「ほぼ同じ意味に書き換えなさい」ふだんなにげに使っているこの言葉を私たちはもう少し見直すべきだろう。


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