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2010年11月27日 (土)

0301 -101127 「ほぼ同じ意味にしなさい」は教育的か?

 英語教師がテストを作るときよく使い、そして問題集でもよく目にする言葉が、「ほぼ同じ意味にしなさい」だ。しかし、この「ほぼ」という言葉のかげでどれほどの英語のニュアンスが失われているだろうか。

Everybody likes her.
She is liked by everybody.

この2つの文の意味は当然違う。旧情報と新情報の違いである。前者はherを後者はeverybodyを強調している。でも多くの英語教師はこの2つの文の書き換えを意味を教えず行っている(ようだ)。

It seems that she is a good pianist.
She seems to be a good pianist.

この2つの文が伝えることも違う。前者は客観的、伝聞であり、後者は、主観的,自己判断に基づく文だ。しかし英語教師は、「ほぼ同じ意味になるように書き換えなさい。」という指示をテストで出す。

「ほぼ同じ意味.....」の良い点は,とりあえず、機能の違いに深入りせず,単純な書き換えの操作ができることだ。一つ目の文を、2つめの文を生み出すための道具にしているわけだ。

問題は、この「ほぼ」が指す範囲が限定できない点にある。(あるいは教師が無頓着に使っている)

例えば The book is on the desk.とThere is a book on the desk.を書き換えさせる問題はさすがにないが、上記の2つの例を「ほぼ同じように書き換えなさい」といった指示を出すのは、The book is...の文とThere is a book on the desk.の文を書き換えさせるようなものではないかということを指摘したいのだ。結局、相手に伝わる情報の種類、強弱の違いを無視していいのかという問題につきあたる。

まじめに指導に取り組んでいる英語教師であればあるほど、「ほぼ同じ意味に書き換えなさい」という言葉に罪悪感なり、うさんくささを感じるのではないだろうか。生徒の学習状況により、深く教える教えないのタイミングを見計らうのは大事かもしれないが、全く教えないのは罪悪であり、生徒にとっては悲劇であると思う。その形には、それ相応の意味がこめられているはずだからである。教師が知っていて教えないのと,知らずに教えられないのでは天と地との差がある。(だから教師は勉強をし続けるのである。)

「ほぼ同じ意味に書き換えなさい」ふだんなにげに使っているこの言葉を私たちはもう少し見直すべきだろう。


 

 

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2010年11月23日 (火)

300- 101123 分詞構文 付帯状況

分詞構文については、カンマがあれば「して、しながら、とき、ので、そして、もし」とくり返し覚えさせている。その中で付帯状況と呼ばれるものがあるのでそれをとりあげたい。

付帯状況は2つに分けられる。
1)同時    〜しながら・〜した状態で
2)動作の連続 AしてそれからBした

1) He is having breakfast, reading a newspaper.
2) He stood up , getting out of the room.

上記のうち、「同時」は独立分詞構文になりうる。
「動作の連続」の場合、通常分詞側の主語は主文と同じなので、
独立分詞構文にはならない。

He sat on the sofa , his eyes closed.

withは独立分詞構文につけてもよい。
He sat on the sofa with his eyes closed.

つけなくてもよいが、withをつけると付帯状況の
意味がより読者に伝わりやすくなるというところだろう。

次は「ので」という理由の意味になり
付帯状況のwithではないのではないかと思うかも
しれないが、結局は,「〜した状態で、Aをした」
という2つの状況が重なっている根本はしっかり残っている。

With the sidewalk occupied by the parked bicycles,
pedestrians had no room to walk.

「歩道が駐輪された自転車に占拠されているので(状態であり)
 歩行者は歩く余地がなかった。」



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2010年11月20日 (土)

0299- 101120  教職大学院

教職大学院は現在、中央教育審議会の「教員の資質能力向上特別部会」で主要テーマとして議論され、教員免許の取得には現在の学部教育に加え、教職大学院のような教職課程を課すべきだとの意見が大勢を占める。ただ教職大学院は現在深刻な定員割れに陥っている。

教職大学院は必要なんだろうか? そもそも教師は自ら学ぶ姿勢こそが重要。勉強会、研修会に定期的にでかけていき、授業を変えていければ十分。学びは強制されるべきではない。また、現在の大学院に教員の力量を飛躍的にアップさせる秘訣を教えられる能力がある教授陣がいるのだろうか。学級崩壊を防ぎ,学力を上げることはできるようになるのか。教員の日々の悩みへの答えが学べるのか。研究はできても、現場の問題は解決できないのではないだろうか。(免許更新で大学の講習を受け,そう思う)100歩譲ってそういう人がいるとしても、「国策」にて自らが必要だと思わない勉強をさせられる大学生は不運にして不憫。教職大学院は、ここで真剣に学べば何ができるようになるのか、しっかり提示し,保証すべき。あとは、多額のお金を払ってでもそこで学びたいという人がいけばよい。給料が月2〜3万あがり、管理職にもなりやすいのかもしれない。しかしそれ以外の効果も不明,支出に対する効果がわからないというのであれば誰も教職大学院にいきたがらないのは自明であろう。この状態で教職大学院までの学歴を教員志望者に課すのであれば教師志望は減るばかりだ。+2年間の学費,生活費もばかにならない。このままいくと中教審は合法的に日本の教育をダメにすることができる希有な組織になる。自覚して欲しい。

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2010年11月 8日 (月)

0297- 101108 not so much A as B

この構文の指導で私がよくやる手は、同一人物で異なる顔を持つ人を例に出すこと。
北野武さんなんかをよく例に出しました。

人物のイラストをさっと描いて,
「この人の7割は映画監督ね。3割はコメディアンね。」と言い、「 30%  comedian <  70% movie director 」と書きます。

Takeshi is not so much a comedian / as ( he is ) a movie director.

基本は、not as...as...構文と同じです。
武はそれほどコメディアンの部分が多いわけではない /彼が映画監督であるのに比べたら。
これを意訳して,「〜というより...だ」になると教えます。

また、この構文を rather than..で書き換える解説をときどき見かけますが、イコールにはなりません。
(1)not so much A as B は、AもBも認めた上で、Aの割合よりもBの方(の割合が)多いということですが、
(2)B rather than A は、Aを排除した言い方になります。「AでなくBだ」と言い切っているように思います。
日本語の「AというよりむしろBだ」は、上記の(1)(2)両方の概念を含んでしまっているので
not so much A as B と  B rather than A2つの表現をイコールだと混同しやすいのだと思います。

最後に格言を。

I have learned that success is to be measured not so much by the position that one has reached in life as by the obstacles which one has overcome while trying to succeed.
(訳文)成功とは人生において得た地位によって測るのではなく、成功するために乗り越えた障害によって測るべきものだ。

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2010年11月 6日 (土)

0296- 101106 企業は海外留学の夢をみるか?

企業の青田刈りがひどい。大学三年秋から就職活動が始まるのが当然になっている。学生はさまざまな体験をしようにもできない現実がある。たとえば海外留学。ハーバード大学をはじめ、外国の大学へ行く学生の数は激減している。就職活動に影響がでるのを恐れているのが大きな要因だという。企業側は語学教育は入社してから行なうというところも少くない。しかし留学のメリットは語学力向上だけではないはずだ。文化、生活、価値観を肌で感じ、異なる価値観を持つ海外の友人をもち、論理的な意見の発表を常に求められる環境にいた人間は、今まで以上に世界相手にビジネスをすることを求められる企業にとって必要な人材だ。一方、今企業では外国勤務を希望する人間が少ないので困っていると言う。Σ(・□・;)学生を内向きにしているのは誰だろう?チャレンジスピリットを削いでいるのは誰だろう?優秀な学生を育てる気が毛頭ない企業が多い日本。いつになれば気付くのだろう?

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